大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2206号 判決
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〔判決理由〕三、(免責の抗弁に対する判断)
<証拠>を総合すると、
イ 本件事故現場は南北に通ずる府道内環状線の放出陸橋南詰附近で陸橋上の道路は中央センターラインをはさんで南北それぞれ幅員二、五メートルの第一車線、各三メートルの第二、第三車線よりなる車道部分の総幅員一七メートルのアスファルト舗装道路で、頂上から南に向つて勾配一〇〇分の三の下り坂となつているが、頂上を通過した後は南方に対する見透は良好であり、最高速度は時速五〇キロメートルに規制されていること。しかして、事故当時は早朝のため車両の交通は少なかつたが、北行き車線は大型の長距離トラックの運行があつたこと、また、事故当時曇天であつたが、路面は乾燥していたこと。
ロ 事故車は車長4.68メートル、車幅1.69メートル、車軸間距離は2.69メートル、前輪車軸から車体先端までの長さは0.755メートルのニッサンセドリック普通乗用自動車であり、被害車は車長2.8メートル、車幅1.1メートル、高さ約1.5メートル(リヤカーの車体に鉄柱を建て三段の商品棚とその上にテントの屋根がつけられている。)のリヤカーをけん引した第一種原動機付自転車であるが、リヤカーの車輪には制動装置がなく、リヤカーの車輪は、その車軸をリヤカーの車体に取付けられた鉄片の前方からコの字型に切開された部分に挿入しボルトで締めつけるという方法で結合されているので、ボルトが縮んでいるときに後方から力が加わると車軸が車体からはずれることもあり得ること、しかして、右リヤカーには前日に売れ残つたじやがいも、玉ねぎ等が若干積まれていたこと。
ハ 本件事故当時、原告は、被害車を運転し、右下り坂の陸橋道路の南行き第一車線と第二車線の境界線をまたぎ第二車線上にリヤカーの車幅の八割方が侵入する状態で原付自転車にブレーキをかけつつ時速約一五キロメートルで南下していたところ、突然衝撃を感じるとともに右原付自転車のハンドルが右にとられ、リヤカー右車輪のスリップ痕を6.5メートル残して第三車線の方に斜行して行つたこと。
ニ 被告は、事故車を運転し右陸橋道路の第三車線の左端を時速約五〇キロメートルで進行中、そのまま進行すれば被害車を約二メートルの間隔を保つて追抜く態勢で被害車右後方約10.2メートルに達したところ突然、被害車が自己の進路に向つて斜行してきたので、急制動の措置をとつたが、約二〇メートル進行した地点で事故車左前部と第三車線内に斜行してきた右原付自転車の中央部分とが衝突し、事故車はさらに二メートル余り制動状態でスリップしていること。しかして、事故車は、右側車輪については右発見後約8.1メートル進行した地点から約一四メートルのスリップ痕が残り、左側車輪については右発見地点から約14.3メートル進行した地点から約7.8メートルのスリップ痕が残つていること。
以上の事実が認められる。
もつとも、乙第五号証の一の実況見分調書は、原告の立会はなく被告のみが立会つて作成されたものであるから、その正確性については検討を要するところであるが、被告が被害車の斜行を発見した地点として指示した地点は、事故車右側車輪のスリップ痕の開始点の北方8.1メートルの地点であり、右被告の指示によれば、事故車は被害車の斜行を発見してから約11.5メートル(右8.1メートルに車軸間距離2.69メートルと車体先端と前輪軸間の距離0.755メートルを加えたもの)進行してからスリップ痕がつきはじめたことになるところ、運転手が危険を知覚し、これに反応してアクセルからブレーキに足を踏み替え、ブレーキを踏み込んでブレーキがきき始めるまでには0.8ないし一秒程度を要し、その間に時速五〇キロメートルの自動車は一一ないし一四メートル位空走することになるのが通常であり、右事実に照すと右被告の指示地点はほぼ正確であると考えられ、その他の被害車が斜行し始めた地点および衝突地点等は路面に印されたスリップ痕に基づいて測定したものと認められるから、その正確性については信用してよく、他に前示認定を覆すにたる証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故は、原告が下り坂の本件事故現場を原付自転車にブレーキをかけ時速一五キロメートル位に速度を制禦して進行していた際、索引していたリヤカーにはブレーキ装置がなかつたところから、リヤカーの自重と積載していた売れ残りの野菜等の重量で加速度が加わつてリヤカーの車輪の車軸に対し後方から前方に対して押す力が加わつたために、車軸を止めてあつたねじのゆるみも重つてリヤカーの右側車輪がはずれ、そのために原付自転車のハンドルが取られて斜行し事故車の進路前方に進出したことに基因して発生したものと推認される。
ところで、時速五〇キロメートルで進行している自動車に急制動をかけた場合の制動距離は、当該自動車の自重、荷重、ブレーキの状態、道路の摩擦係数、道路の傾斜度等によつて異つてくるが、乾燥したアスファルト舗装の路面での制動距離は通常一三メートル程度であり、危険を発見してから停止するまでには通常右制動距離に前記制動距離一一ないし一四メートルを加えた二四ないし二七メートル程度を要することが実験上明らかであるところ、前示認定のとおり被告は事故車を運転して時速約五〇キロメートルで進行中、突然被害車が斜行するのを左前方約一〇メートルの地点に発見し急制動の措置をとつたが、右発見地点から約二〇メートル前方の進行上に斜行してきた被害車と衝突したもので、本件事故現場が下り勾配であるという点も併せ考えると、本件事故は制動操作によつては避け得なかつたものと認められる。
そこで、つぎにリヤカーを牽引しブレーキをかけている被害車が不安定な走行状態にあつたと考えられるところから被告に徐行義務がなかつたかどうか、また、ハンドル操作によつて本件事故を回避することができなかつたかどうかが問題となるが、前示認定事実によれば、加害車は約二メートルの間隔をおいて被害車を追抜く態勢にあつたのであるから、リヤカーを牽引した被害車が多少不安定な走行状態にあつたとして被害車が故障を起して突然斜行し自車の進路前方に突込んでくることのあることまで予測し、徐行等の措置をとつて事故の発生を未然に防止する注意義務を要求することは酷にすぎ到底認め得ないし、急制動の措置をとつた場合は車輪がロックされハンドルはきかないのであるから、急制動と同時にハンドル操作をなすべき義務は認め得ない。
もつとも車輪がロックされない程度のブレーキをかけたうえハンドル操作による回避措置をとることも考えられないではないが、本件のようにセンターライン近く(前示認定事実によれば、センターラインとの間隔は約1.3メートルである。)を走行している場合、左側から迫つた危険を避けるにはハンドルを右にきる以外になく、ハンドルを右にきれば対向車線に進入し、通常より大きな正面衝突事故を招来することが予測されるのであるから、ハンドル操作によつて衝突を回避しようとすれば、まず前方数一〇メートルの間の対向車線の車両の進行状況を確認したうえ対向車線に侵入しても衝突の危険はないかどうかを判断しなければならないところ(ちなみに、原告本人尋問の結果によれば、当時対向車線には大型の長距離トラックの通行がかなりあつたことが窺える。)、かかる判断をしたうえとるべき措置を決めていたのでは、かえつて制動操作を遅らせ回避可能な事故も回避できないという結果が生じると考えられる。したがつて、危険の発見と同時に急制動をした被告の措置をもつて本件事故を免れるべき適切な措置を怠つたということはできず、被告に運転上必要な注意義務を怠つた過失があるということはできない。
なお、事故車のスリップ痕が四輪平均に印されていないことは前示認定のとおりであるが、事故車は12.31メートルの制動距離(前示認定のスリップ痕から車軸間距離を引いたもの)で停止しており、車両保安基準に適合していることはもちろんであるが、衝突の影響および下り坂であること等を彼此考量すると通常の制動距離で停止しているものといつて差支えなく、さらに弁論の全趣旨に徴し、他に本件事故と因果関係のある構造上の欠陥または機能の障害はなかつたものと認められる。そうだとすると、被告は自賠法三条本文の規定による損害賠償義務を負わないこと明らかである。
(本井巽 笠井昇 中辻孝夫)